週のはじめに考える 第一次大戦の源泉とは【社説】<東京新聞 2014年1月19日>

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週のはじめに考える 第一次大戦の源泉とは【社説】
2014年1月19日
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 開戦から百年を迎える第一次世界大戦をめぐる議論が盛んです。世界各地で再燃の兆しを見せるナショナリズムの行方を考える好機です。

 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに住む一市民、その名も「ガブリロ・プリンツィプ」さん(61)のインタビュー記事が、独誌の最近号に載っていました。
◆超大国の黄昏の隙に

 一九一四年六月、サラエボを訪問したオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子フェルディナンドを銃殺したのがセルビア民族主義者ガブリロ・プリンツィプでした。同姓同名で縁戚(えんせき)に当たる現代のプリンツィプさんは、今でもその名を誇りに思うと言います。

 サラエボ事件が発端となった戦争は、二重帝国とも呼ばれたオーストリア・ハンガリー帝国を支持するドイツ、イタリア側の三国同盟と、セルビア側に立ったロシア、英国、フランスの三国協商の対立を軸に中東、中国、米国、そして日本をも巻き込む世界大戦に広がります。五年後パリで開かれた講和会議で終息するまで死者は兵員だけで一千万人に達したとされます。

 未曽有(みぞう)の悲劇はなぜ起きたのか。専門家の間でも未(いま)だに議論が収束しないテーマですが、民族主義が勃興した時代、制御を失ったナショナリズムが背景にあったことだけは確かでしょう。それは、現在の国際社会が直面する課題に直結しています。

 百年前、政治、経済、文化とも世界はまだ欧州を中心に動いていました。開戦に至る国際社会は、その欧州をめぐる四つの超大国が黄昏(たそがれ)を迎えた時代でした。ビクトリア女王後の大英帝国、革命前夜のロシア帝国神聖ローマ帝国を継いだ二重帝国、そして解体寸前のオスマン・トルコです。力の空白を埋めるかのように台頭したのがプロイセンを中心とする統一ドイツでした。
◆遅れてきた帝国の台頭

 英国の産業革命、フランスの政治革命の後塵(こうじん)を拝したドイツは「遅れてきた帝国」といわれました。深く精神世界に沈潜していたとされるドイツの軍事的、政治的覚醒は、欧州、そして世界を震撼(しんかん)させるに十分でした。

 今でいえば、ソ連崩壊後のロシア、統合が躓(つまず)く欧州連合(EU)、そして衰退の兆しを見せる米国という国際秩序のなか台頭する中国になぞらえても、あながち的外れではないでしょう。

 ナショナリズムの高揚が一般大衆のみならず、いかに近代的知性をも虜(とりこ)にするか。ノーベル文学賞を受け、ナチス批判を鮮明にした文豪トーマス・マンのケースが如実に物語っています。マンにとって、第一次大戦はフランスに代表される「西欧文明」に対する「ドイツ文化」の異議申し立てとして強く支持すべきものでした。

 ここでも、市場経済、資本主義的な経済制度の成果は享受しながら、基本的人権、民主主義的政治制度といった西欧文明とは必ずしも同じ考え方に立たない中国の姿が重なります。

 現状との類似性はこれにとどまりません。ボスニアは当時も今も大国の緩衝地域に晒(さら)されています。開戦当時、ボスニアは二重帝国に併合された直後でした。民族独立を悲願としたセルビアボスニア人にとって、宗主国皇太子の訪問が大国からの挑発と映ったとしても不思議ではありません。

 「当時のセルビア系住民の多くは貧困や差別的境遇に苦しんでいた。暗殺集団は、飲酒や女性に対する文化的な考え方の違いもあって二重帝国に対する憎悪を募らせていた。今で言うビンラディンイスラム原理主義組織そのものだった」。英オックスフォード大学の歴史家、マーガレット・マクミランさんは昨年出版した著書「平和を終結させた戦争−一九一四年への道」でこう記しています。

 二度の世界大戦を引き起こす舞台となった欧州。不戦の誓いを基本理念に欧州諸国が合意した将来像が平和的統合のプロセスだったはずです。その象徴として導入された単一通貨ユーロが原因で統合が頓挫し、加盟国の間にナショナリズムが再燃している現状は、皮肉としかいいようがありません。
◆悲劇は防げたか

 第一次大戦の悲劇は防げなかったのだろうか。米主要紙への寄稿でこう自問したマクミランさんは、当時の指導者たちにいま少し先見性が備わっていさえすれば回避も可能だったかもしれない、と記しています。内向きになりがちな現在の欧州指導者が傾聴すべき指摘でしょう。

 第一次大戦の負債をドイツが完済したのは、今からほんの四年前のことです。開戦百年の節目は、その源泉に思いを致すよう現代の国際社会に促しているように思えてなりません。


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