オバマ大統領はなぜ尖閣問題に「無言」だったのか 日米同盟の強化とは無縁だった安倍首相の訪米<JP PRESS>

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オバマ大統領はなぜ尖閣問題に「無言」だったのか
日米同盟の強化とは無縁だった安倍首相の訪米
2013.02.28(木) 北村 淳
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37236
▼全文転載


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倍晋三首相の訪米に関して、訪米前よりトップニュース扱いをしていた日本のマスコミは、アメリカのマスコミも高い関心を示しているかのようなニュアンスで報道していた。だが、実際にはアメリカでの関心は低調であった。ただし例外的に「ワシントン・ポスト」が安倍首相への単独インタビューを掲載したが、その記事に対して中国政府が反発した模様が若干の関心を引いていた程度であった。

 その安倍首相訪米に関して、アメリカ政府が公表した公式な声明は3つである。まず、安倍首相とオバマ大統領が主に安全保障問題に関して話し合った後に、公式記者会見ではなく記者を前にして共同で「談話」の形として発表した声明。次に、日本のTPP交渉参加に関する「日米共同声明」。それに首脳会談後の岸田文雄外相とケリー国務長官との会談前に行われた共同記者会見での声明であった。

 それらのうち、オバマ大統領の声明とケリー国務長官の声明の中で、アメリカ側は日本の安全保障に関して言及した。まずは、それらの安全保障に関する公式表明を見てみよう。

共同談話中の安全保障に関するオバマ大統領の声明

 「日本はアメリカにとり緊密な同盟国の1つであり、日米同盟は太平洋地域におけるアメリカによる地域安全保障と様々な活動の根幹をなしていることは明らかです。そしてその親密な関係は政府間にとどまらず国民の間にも広がるものであります。

 安倍首相自身はアメリカにとって見知らぬ人ではありません。彼と私は、同じような時期にカリフォルニアで学んでいたと記憶しております。そして今回のオーバルオフィス訪問は首相にとって初めてではありません。したがって、私たちが、あらゆる分野にわたって非常に強固な職務上の関係を築くことを期待しております。

 われわれは、幅広い安全保障問題に関して、とりわけ北朝鮮が取り続けている挑発的行動に対する懸念とそれに対する強固な対抗措置の決定について、緊密な協議をいたしました。

 また、私たちは広範囲にわたり多国間問題に関して話し合い、アメリカのアフガニスタンでの活動やイランでの核問題解決に対する取り組みなどに対して日本が行った支援に対する私からの感謝を伝えるとともに、アルジェリアのBP施設での人命の犠牲に対してお互いに弔意を表明し、これによってより強力な対テロ対策に関する協力を促進することを約束しました」

(2)
ケリー国務長官の会談前の安全保障問題に関する声明

 「世界のトップ3の経済大国のうちの2カ国であるわれわれが、そして非常に強い同盟に基づくとりわけ特別な友人同士としてここに会しています。(日米)同盟は、アジア太平洋地域の平和と安全保障にとって欠かせない世界的規模での協力関係へと発展しつつあります。

 私は、数多くの世界的諸問題、つまりテロ対策、日本が主たる協力者であったアフガニスタンに対する努力、そして最近においては残念ながら犠牲者が出てしまったマリでの取り組みなどに関して日本が行った絶大な協力に対し、日本の人々と指導者の方々に大いなる謝意を表明します。

 また、私たちはイナメナスの施設で10名もの日本市民が犠牲となったことに対して大いなる哀悼の意を表明いたします。さらに、日本は核不拡散に対しても熱心に活動してきております。日本の人々はイランからの燃料の使用や輸入・購入を削減するための重要なパートナーであります。日本は、制裁実施にとって欠かせません」・・・・

 「日米関係の重要性を強調することとして、言うまでもなくすべての人が尖閣諸島を巡っての緊張を意識しています。そして私は、この問題が決定的な対決へと燃え上がらないようにするための日本の努力と、日本が示している抑制的行動を称賛いたしたいと思います。

 さらには、近頃、核実験という無謀な振る舞いを敢行した北朝鮮に関して、われわれは日本との同盟関係が強固であり、アメリカによる日本の安全保障への責務は本物であり、アメリカは日本を支援する、ということを表明いたします」

アメリカのメディアの関心の低さ

 安倍首相とオバマ大統領の共同談話の模様に始まり、TPPに関する共同声明を中心に日本の報道機関はトップ扱いで報じた。安全保障問題に関しては、オバマ大統領からの言及があまりなかったため、ケリー国務長官の声明や会談内容を日本のマスコミは断片的に組み替えて伝えるしかなかったようだ。

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 とりわけ、尖閣問題に関してアメリカの後ろ盾にすがりつこうという姿勢で自主防衛能力構築の気概に欠ける一部マスコミは、ケリー国務長官尖閣諸島問題に対するこれまでの日本の自制的対応を(上記のように)評価したことを紹介するとともに、外相との会談の中で「尖閣諸島日米安全保障条約の適用範囲にある」との「アメリカの揺るぎない立場」を強調している。

 一方、アメリカのマスコミの対応はどうであったか。一言で言うと、外相会談の内容はもとより首脳会談の結果に関してもほとんど関心を示さなかった。

 会談当夜や翌日の主要テレビ放送局のニュース番組ではほとんど取り上げられず、PBS(公共放送サービス)のように例外的に数分間の時間を割いて取り上げたとしても、主たる内容は「なぜ日本と中国が揉めているのか?」という視聴者の大半が知らない尖閣諸島問題についての解説であった。

 実際に、オバマ大統領やケリー国務長官の日本を巡る安全保障に関する声明や談話に関して論じている英文メディアは日本関係メディア(例えば「Daily Yomiuri」「JIJI」「Japan Times」)、あるいは中国メディアの英語版といったところであり、アメリカのメディアによる関心の低さを物語っている。

中国メディアは「安倍首相は冷遇された」と酷評

 アメリカのメディアと違い、中国(政府・メディア)は安倍首相訪問以前から、首脳会談には高い関心を示していた。ワシントン・ポスト紙の安倍首相へのインタビューに対する中国側の反発などは、そのような関心の高さを物語っている。

 もちろん中国側の関心の高さは、TPPに関してではなく尖閣諸島問題をはじめとする日本の安全保障に関するアメリカ首脳の対応であったのは当然のことである。

 そして、オバマ大統領が上記の談話に示されているように北朝鮮問題には触れたものの中国そして尖閣諸島問題には一切触れなかったことや、ケリー国務長官尖閣問題に触れるには触れたが、なんら「踏み込んだ」表現はしなかったことから、日本側の「アメリカという虎の威を借る」作戦は失敗に終わったとほくそ笑んでいるのである。

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 また、「人民網」をはじめとする中国メディア(中国語版・英語版)は、(1)アメリカ側の各種公式歓迎行事が行われなかった、(2)両国首脳の記者会見が定例の記者会見部屋では行われず簡素な「小型記者会見」で済まされた、(3)アメリカメディアの首脳会談や日米同盟関係に関する報道が極めて低調であった、といったような理由を挙げて、「安倍首相は冷遇された」とか「尖閣問題でのアメリカの後押しを得ようとする安倍首相の目論みは失敗に帰した」といった論評を加えている。

中国の酷評を一笑に付すわけにはいかない

 中国メディアが「冷遇」の根拠として挙げたような、様々な公式歓迎行事が行われなかったことや仰々しい記者会見を行わなかったことのみをもってして、「冷遇」と決めつけることはできない。

 例えば、オバマ大統領2期目の就任式の晩に行われた大統領と大統領夫人による公開ダンスパーティー(伝統的に就任式では行われる公式行事)も、これまでにないほど極めて簡素であり、メディアも驚いていたほどである。すなわち、危機的な財政状況下で、できるだけあらゆる経費を削減しようという第2次オバマ政権の方針によって、各種歓迎行事や儀式的な記者会見があえて避けられたのかもしれない。

 しかし、そのように日本側にとって配慮した解釈をしてみたとしても、アメリカのマスコミの首脳会談に対する関心が低かった事実は事実であり、会談後の報道がほとんどなされなかったのもまた事実である。つまり、アメリカのメディアにとっては、何ら新しい動きや方向性が打ち出された日米首脳会談ではなかったため、報道価値は見いだせなかったのであった。

 とりわけ安全保障関係に関しての「成果」は日米双方ともにゼロに近かった。アメリカ側にとって15年以上も我慢に我慢を重ねてきた普天間基地移設問題にしても、何ら目新しい、あるいは実現可能性が高い具体的な方針が首相や外相によってもたらされたわけではないし、中国との軍事関係に関しても日本側による主体的な対応方針が示されたわけではなかった。

 アメリカ政府首脳に「尖閣諸島日米安全保障条約の対象範囲内」と言ってもらうのを何よりも期待するこれまでの「ワシントン詣で」(岸田外相クリントン長官、ケリー長官と2回目になる)と何ら変わることはなかった。もっとも、ケリー長官はこのような決まり台詞を公式会見では言わずに会談の中で口にしたようであるが、オバマ大統領は一切口にしなかった。このような意味においては、中国の安倍首相訪米に対する酷評を一笑に付すわけにもいかないのである。

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実のある日米同盟の強化策が必要

 尖閣問題が注目されている最中に、しかも前民主党政権が沖縄基地問題を暗礁に乗り上げさせてしまった後に、日米同盟関係の正常化を標榜する安倍首相が自らホワイトハウスに乗り込んだ。だが、それにしては、日本の自主的な国防政策に関する大胆かつ具体的な方針転換は全く示されなかった。アメリカ側が失望したのも無理からぬところである(それほど期待していなかったというのが実際ではあるのだが)。

 実際に、アメリカの軍事戦略専門家からは、「にっちもさっちも行かなくなってしまった普天間基地移設問題は、この際、抜本的に仕切り直しした方がよいのではないか?」「中国やアメリカの軍事情勢を勘案すれば、日本はいい加減にアメリカにおんぶにだっこの状態がもはや長くは続かないことを悟り、何らかの自主防衛力強化策を速やかに実施すべきではないのか?」「安倍政権に限らず歴代の日本政権は日米同盟の強化強化と言っているが、何をもってして日米同盟の強化と言っているのか具体的な内容が知りたい」といった声が少なからず聞こえてくる。

 軍隊内部の戦略・政策立案部門と民間シンクタンクや各種研究機関、それに政府部内の軍事・安全保障政策策定部門の間の緊密な交流が盛んな米国では、このような専門家たちの声は、多かれ少なかれ大統領をはじめとする政府首脳の耳にも届いている。そして、少なくとも日本の大半の政治家よりは軍事的素養や戦略的思考を身につけているアメリカ政府首脳たちには、たとえ日本や東アジア情勢のエキスパートでなくともある程度は上記のような軍事的疑問は理解可能である。

 そのようなホワイトハウスに、軍事的に手ぶらな状態で乗り込んでも、TPPはともかく日本の安全保障にとって、そして同様にアメリカの東アジア軍事政策にとって、何らプラスになる成果が生み出せないのは自明の理である。その結果が、オバマ大統領による「無言」であり、中国による酷評なのである。

 遅ればせながら日本政府は、上記のような様々なかつ深刻な疑問に答える形で、具体的かつ実現可能な日本防衛方針の抜本的転換を急遽策定し内外に示す必要がある。

 このままでは、ワシントンで「冷遇」とまではいかずとも「さしたる関心を持たれなかった」安倍首相一行のように、日本自体がアメリカそして国際社会から何らの関心も(軍事的にはという意味であるが)持たれなくなってしまうことは必至と言えよう。

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