特集ワイド:「ハラール」はいかが 日中関係悪化でイスラムに熱い視線 日本食、化粧品に新市場{毎日新聞}

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特集ワイド:「ハラール」はいかが 日中関係悪化でイスラムに熱い視線 日本食、化粧品に新市場
毎日新聞 2013年02月22日 東京夕刊
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 「ハラールフード」。イスラムの教えにのっとった食べ物を指すこの言葉を耳にする機会が増えてきた。豚肉と酒はダメ、というあたりまでは知っている人も多いだろうが、これらが使われていなければOKというわけではない。新たなビジネスチャンスとしても注目される「ハラール」の今を訪ねた。【井田純】
ハラールラーメンを試食するアキール会長(右から2人目)らイスラム教徒たち=東京都豊島区で、井田純撮影
ハラールラーメンを試食するアキール会長(右から2人目)らイスラム教徒たち=東京都豊島区で、井田純撮影
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 「うん、おいしい」。箸を器用にあやつり、パキスタン出身の親子が麺をすすり上げる。バングラデシュ出身の男性は大鍋から3度目のおかわりをよそっている。今月初め、東京都豊島区にあるモスクで礼拝後に開かれた「ハラールラーメン」試食会のひとこまだ。開発したのはイスラム教徒向けのハラール地鶏などを生産するグローバルフィールド(青森県八戸市)。田名部智之社長は「来日するムスリムイスラム教徒)には、映画やアニメで見たラーメンや焼き鳥を食べてみたいのにハラールでないので試せないという人が多い。その声に応えたかった」と話す。

 焼き豚が入っていなければハラール、というほど単純ではない。同社のスープのだしは自社のハラール地鶏の鶏がらだが、鶏の餌に含まれる動物性油脂を豚由来でないものにするところまで徹底する。中華麺には品質保持などのためアルコールを添加するのが一般的だが、これもダメ。田名部さんは「試行錯誤でここまでこぎつけた。国内のムスリムにうまいと認めてもらえれば海外でも売れるはず。広く日本の味を知ってもらいたい」と自信をのぞかせる。

 日本伝統の味覚をイスラム圏に広めようと今年からハラール認証を受けたみそをマレーシア、シンガポールに出荷しているのは、ひかり味噌(長野県下諏訪町)。「和食ブームで海外需要が高まり、現在の主要輸出先である米国や欧州だけでなく、広くアジアに目を向けようという方針です」と同社。酵母の働きを抑えるために使われるアルコールの添加をやめるなど工程を見直した。ハラールのお墨付きを冠することで、現地の日本人や日本食レストランだけでなく、調味料として広く受け入れられる可能性が高まるとみている。

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 そもそも「ハラール」とは何か。「聖典コーランに記されたアラビア語で、アラーが使用を許した合法的なものを意味します」と説明するのは、冒頭で紹介したモスクを運営する「日本イスラーム文化センター」のシディキ・アキール会長。対義語は禁忌を意味する「ハラーム」だ。例えば次のような記述がコーランにある。<アッラーが汝(なんじ)らに禁じ給うた食物といえば、死肉、血、豚の肉、それから(屠(ほふ)る時に)アッラー以外の名が唱えられたもののみ>(第2章、井筒俊彦訳)。豚以外の肉でも、ムスリムによって所定の方法で処理されていなければハラームになる。グローバルフィールド社でもこの工程を担当するのは、バングラデシュ出身者らだそうだ。

 コーランの別の箇所ではイスラム教徒が避けるべきものとして「偶像神」などとともに「酒」が挙げられている。ハラール、ハラームの考え方は飲食物に限らない。「お金でいえば、人をだますなど悪いことをして得たものはハラーム。ちゃんと働いて受け取る収入がハラールです」とアキールさんは話す。

 同センターは各国の認証団体でつくる「世界ハラール評議会」に加盟。アラブ首長国連邦向けの認証を日本製品に出すなどの事業を続けているが、この1、2年で問い合わせが増えたという。「最近では水産加工業者から依頼がありました。魚は本来ハラールですが、マグロのくん製を真空パックすると肉のように見えてしまうという心配からでした」。日本産ハラール食の課題はコスト。グローバルフィールド社の鶏肉は1キロ強で約2000円程度と一般の鶏肉よりかなり割高だ。とはいえ「地鶏としては決して高くない」と、比較的裕福なムスリムをターゲットに販路拡大を狙う。

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 なぜ今、ハラールが注目されているのか。「特に増えたのは尖閣国有化問題で日中関係が悪化して以降です」と話すのは、NPO法人・日本ハラル開発推進機構(東京都練馬区)の錫村民生(すずむらたみお)理事長。反日デモなど中国でのビジネスリスクが警戒され、新たなマーケットとして成長するイスラム圏に期待が集まっているのだ。同機構は2010年に設立、ハラールビジネスを検討する中小企業へのアドバイスを手がけてきた。「イスラム教徒は世界人口の約4分の1、市場は年間300兆円規模。相手を理解して付き合えばビジネスチャンスが広がる」と錫村さん。25日には福岡市に本拠を置く「ハラールビジネス推進協議会」(岡野英克代表)が国内産ハラール製品を集めた見本市を同市で開く。菓子や業務用食材など20業者ほどが出展予定だ。国内でも、ムスリムと結婚してイスラムに改宗した日本人が増え「ハラール日本食」需要は高まりつつある。

 食品業界だけではない。資生堂(東京都港区)は昨年9月からマレーシアで、製造工程から流通態勢まで見直してハラール認証を受けた女性用スキンケア製品のテスト販売を始めた。同社は「市場からの要望が強かった」と説明する。

 「ハラール認証を重視する発想は近年、中東地域よりも東南アジアイスラム圏で広まってきた」と話すのは、イスラム社会の動向に詳しい岩手県立大学見市建(みいちけん)准教授。歴史的に住民の大半がムスリムの中東では、伝統的なものは間違いなくハラール。一方、経済のグローバル化と消費社会の拡大で多様な商品が身近になり、華人やインド系住民とも共存する東南アジアでは「いろんなものを試したいけど、イスラムに反するものは避けたい」との消費者心理が高まったというわけだ。

 観光業界もハラールビジネスに熱い視線を注ぐ。北アルプスを望み、既にマレーシアの観光客を受け入れている白馬五竜観光協会(長野県)の佐藤文生事務局長は「一番困ったのが食事ですが、ハラール認証の肉を取り寄せ、おいしいリンゴやそば打ち体験でも喜んでもらえました」と話す。さらに「中国からは大人数の団体で来るのに対し、イスラムの方は10人程度の家族単位の旅行が一般的。私どものように小規模なペンションが多いところにマッチしている」と期待を寄せる。

 イスラム圏での取材経験が豊富なノンフィクション作家の高野秀行さんは「ハラールの肉は血抜きをきちんとしているから、一般の肉よりおいしいと言われます。私の味覚ではわかりませんけど」と笑う。1月にはアルジェリアイスラム武装勢力による人質事件があり、日本人が犠牲になったばかり。こんな時だからこそ、相互理解のためハラールフードを試してみませんか?

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